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呉市定住支援窓口 東京から倉橋町へ


 ~東京から倉橋町へ~

「釣り三昧の生活に満足」 呉市倉橋町:矢崎さん

矢崎さん夫婦の写真
東京都八王子で食品会社を経営していた矢崎さんは,2年前に念願であった倉橋町での生活を始めた。約30年前,当時金融機関に勤めていた矢崎さんが倉橋町を知るきっかけとなったのは,広島支社に転勤になった折,呉市内の取引先の社長に倉橋町へ幾度か釣りに連れて行ってもらったことによる。その時以来,釣りが大の趣味となり,倉橋町も大変気にいった矢崎さんは,将来は倉橋町に移り住もうと心に決め,知り合いを通じ海の見える高台に土地を購入したという。
倉橋町に移り住む前,この町を訪れ一人で釣りをしていた時,特に感銘を受けたことがあると言う。「ちょうどチヌの小さいのを釣り上げて持って帰ろうとすると,町内の小学生が『もう3,4年すれば大きくなるものをの~』って言うんだよ。その言葉に心底この町は晴らしい所なのだと思ったね。」小学生に対する恥ずかしさもあり,未だに忘れられない思い出という。








 

矢崎さんの写真 現在,矢崎さんは,以前から購入していた場所に家を建て夫婦で生活している。「倉橋は瀬戸内海に面し,趣味の釣りが毎日できるので最高だよ。」と釣り三昧の生活に満足している様子。釣りにかける意気込みは相当なもの。倉橋町に引っ越して間もないとき,展示されている遣唐使船を見て感動し,製作者の一人である植崎さんを訪ね,すぐに釣り船の建造を依頼したという。海匠丸(かいしょうまる)と名付けたこの船を毎日大切に使っているそうである。
また,地域行事や地元の方とのコミュニケーションも大切にしているという。奥様は地元の方の勧めで銭太鼓を始め,趣味のお茶,家の近くで始めた家庭菜園と充実した日を送っている。矢崎さんに将来の夢を聞いたところ「夢ってものは特にないが,自分の釣姿が,風情があってなかなかさまになっているなって思われるくらい極めてみたいよ。」と笑顔で語ってくれた。

 

 

家族

 

   あれから14年。再度,矢崎さんご夫妻の元を訪れた。
  14年経った現在も,以前と変わることなく,元気そうであった。
 趣味である釣りの話になると,「今朝も,釣り友達と釣ってきたんだよ」「昨日は釣った
  魚で天ぷらパーティーをしたんだよ」と,満面の笑みで話してくれた。また,奥様は週に
  2回程度,広島市内で友人とお茶会をすることが楽しいと話してくれた。

  島での暮らしについては,病院等も数件あり,呉市内の病院との連携もいいので,特
  に不便さは感じていないようだった。
  交通に関しては,呉市内へ行くためのバスは一時間に1本しかないが,100円で乗車
  できることに満足の様子。
  ご夫婦で市内まで出かけられることもしばしばあるそうだ。
 地域の人とは,地域祭りの準備や町内清掃といった町内活動を通じて交流している。

  ”海の匠になるように”という想いで名付けた「海匠丸(かいしょうまる)」に乗り,今日も
 元気に釣り三昧。

 
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